2009年11月14日

明け方 誰かが 笛を吹いていました

音はきこえず その面差しを見つめていました

そっと立ち去ろうとしたら 気づかれてしまって

具合悪くなり ことわってそのまま伏して倒れてしまいました



ふいに起きたのですが トイレに行く必要もなかったことに気づいたら 少しずつ思い出しました

無限の 碧い世界に溶けいってた刻を 

ここのところ 現実に屍を見すぎてしまった私に触れた 天使の翼の贈り物でしょうか



夢は美しくて・・・・いつのときも永遠・・・・


それに なんていう自由自在さ !

本来 私たちは・・・










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2009年10月22日

偏愛の病気

気象庁の予報によると、今年は暖冬だそうです。やった!!

冬に備えて、体を陽性な環境へと日々ひたすら向け続けてはいても、冬が一番苦手であるというのは、そう簡単に変わることではないと思うのです。

思えば私はこの位の時期に生まれたのですが・・・、産院にいる時から、すでにぽつぽつと顔に赤い発疹が出ていたそうです。

アトピー性皮膚炎・・・誰かが偏愛の病気と書いていました。

胎内で春と夏を丸々過ごしてその間、人一倍甘党の母親が摂取する身体を冷やす飲食物によって全て養われて形作られ、こんな感じだと思って出てきたら、そこは、南の楽園ではなかった・・・といったところでしょうか?

秋風が吹き出すころには、環境が変化しているのに変わらない食事の偏向も積もりに積もって、十分に消化されず残った食べ物の、最後の排出口が皮膚だったわけでした。


生まれた場所が、ブラジルやアフリカのような一年を通じて温暖な所だったら・・・
環境によって排出を迫られることもないので、偏向を偏向と知ることもなく、生きることが涼を、陰を、求めることですから、好きなだけ木陰でココナッツの実を抱いて夢を見ていたことでしょう。

というか陰性の人である以上は、たいていいつでも“木陰にココナッツ”を無意識に目指しているのですが、性向の変更を症状によって迫られているのです。

四季のある日本ならでは、ということでもあります。
季節の移り変わりの中で、バランス(陰陽)をとる事を学んでいるのですね。

私にとっては、だからアトピーも、偏愛を気付かせる病気といった方が正確なのですが、おそらく、すべての病気はそうなのです。

偏向という偏った両岸から、陰陽という本当の知識に目覚めれば人はそこから中庸を目指しますが、それはどうやら確実である分、いろんな意味で狭い道であるみたいです。








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2009年09月23日

大海原

先月の芸能界の薬物事件以来、少しだけテレビっ子になっていた私、

そのあとは選挙で政権が変わったので、そのまま気持ちは、世の中の動向を映し出す箱の中へと吸い寄せられていましたら、
つい先日、「官僚たちの夏」という敗戦後の日本のドラマをやっていました。

絶妙のタイミングだと思い、曜日をチェックして見ようと思っていましたが、ドラマはテンポが遅いのでずっと見てるのがきつく、原作を図書館で予約して待っていました。


次第に世間というものにピントがあってきましたが、既にもう、食傷気味です。
人の集団の小競り合いなどはもういいのです。

おおまかな動きが解ったならそれでいいはずです。

数ヶ月ほど前までノスタルジーを感じて探していた昭和の名曲たちも、目の前に拡がり行く大海原の前に、いつのまにか絶えて行きました・・・


たぶん、もうその本を受け取りに図書館へは行かないでしょうね。


それよりも、
ここのところ、ずっと体力がついてきたのを感じます!

この間、定期健診に行ってきたのですが、身長が0,5ミリ伸びていた上に、肺のレントゲン写真も撮ったのですが、
とてもきれいな肺で、何処にもなんの問題もないと笑顔で言われました。

しかし、ここ一年間の私の食生活を知ったら彼はなんと言ったでしょうか?
栄養学的に見てどうなのよ、と思うでしょうね。

一日に三合弱の玄米と穀類、味噌と、少しの野菜、が基本で、
時々豆類で最低限のたんぱく質をとっているという以外には、特に言うべきことも見つかりませんし、

それで完全なる健康状態だというわけですから、自信がつきますね。
検診ももうあまり必要ないかもしれないですが。


変化の多い時期、体力を奪われます。
寒い冬、暖かい春に向けて、もう少し体力をつけて行こうかなと思ってます。





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2009年07月18日

光る石

呼吸法、ダンベル、屈伸、その他諸々・・・
限界までやって体力の増強を図ろう、と暑い中、これまでになく頑張ってやっていたら、

本当に昨日は、限界を超えてしまいました。
しかし今日は、復活しました。


人は自己不信を他人に投影します。
そして、人に何かを証明して欲しいと思っています。

けれど、一番手っ取り早いのは、自分で自分のために証明し、信の力を蓄えて、発揮することです。


きっと、高い岩の上を登っていくのは、そうしなければならない理由が必然に達した人なのでしょう。
その人生の底に、たくさんの動機が沈められている人でしょう。

たくさんのものを削ぎ落とされた軽い体ならば、やすやすと登っていけて良いのですね。

そうしたらもう既に、体力を求めるだけの価値ある動機が、与えられているのではないでしょうか。








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2009年07月06日

『すべてはあなたの理解と正確さにかかっている』

まさにその通りだと、
昨夜、桜沢如一の本をばっと開いて、その開いた場所にあった一文に、心が深く共鳴していました。


ずっと前から、
陰陽の羅針盤はそこを指し示していて動かないのに、
見落として遭難しているのだとしたら・・・

この嵐が何故に、何ヶ月も、何年も、時として一生、止まないのか・・・


その航路に束の間でも光射した時、反転する帆に対極性の風を孕んでるのだと、指摘する者の声も届かないで、

人は、今日も、陰陽両極間のスペクトルの中で、人生の悲喜こもごもを生きる。



私も、ここのところ、ちょっとした飲食の誤りに気付きました。
問題が中庸へと、終息していきます。

正確な理解に基づいて実行しはじめてから、わずか数日。

そういうものかもしれないねえ、
あれ、全部あなたの言う通りじゃない?
あたりまえだけど!?

なんて、嬉しいパニックに、今更、  
陥っているのです・・・











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2009年06月21日

みんながあなたのようなら

自分の人生を生きなさい
平和と愛の道を歩みなさい

みんながあなたのようなら
この世は素晴らしい

街中が歌い、微笑み、美を求める

太陽のように、花のように、光のように愛し、
偽りも苦しみもない・・・
             (Jobin-Vinicius)



銀の雨

愛が“私と一緒においで”と
いったときはいつでも
お行きなさい

後悔することをおそれずに

あなたは信じなくてはならない
美しいものを
私の言うことを
それが奥義
それが生きるということ
        (E.Wilson-R.Bastos)
















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2009年05月03日

here comes the sun

春は、はじまりの季節、別れの季節でもあります。

庭には、無数の花の蕾が・・・
幸せな時です。

どんなに小さなことにでも、日々感謝したいと思えます。



子供の頃(小学一年生頃)に描いた、一枚の絵があります。

カタツムリが何匹か、います。
いちばん小さな一匹を除いて、他の数匹は同じ方向へと向かっています。

微妙な色使い・・・

カタツムリたちの周りを、複雑な情感の重さが、取り巻いています。

背景の青の濃淡は、透明な澄みきった空、というより雨粒でも落ちてきそうな気配・・・
罠にでもかかって、もがいている、そんな感じです。



春まだ浅い頃から、よく、思うのです。
直線上を、一方向に並んだカタツムリたちのことを。

そのカタツムリたちは、もう二度と、ここへは来ないのです。
時が十分に過ぎてしまい、おおよそからみつくしたから。


重い色彩を持ちこたえる必要も、もうないのです。

過ぎてしまえば、何もかも、ただ、なつかしい・・・

陽光が満ちていく胸を、よぎるのは、
難題を言って、手痛くしてしまったような想い、

右か左か、白か黒かと絶えず、迫っていたような・・・



碧い空に散る、
いとしい無数のカタツムリたち


この宇宙の、何処へ転がって行こうとも、いつでも、
偉大な愛である者の、暖かな手のひらの上で、ありますように。











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2009年02月25日

祈り

信仰とは

あくまでも個人の直観によって真理と知り得たものが、
どこかにとめておく程度に忘れられていながらも、度々確信となって蘇り、予期や、洞察をもたらして、
やがては、手付かずの星たちが散りばめられた道を、踏み固めるように、独り、導かれていく、

与えられる数々の試練を乗り越えながら・・・


真理と直接的に関係していること、
これが、祈りは聞き届けられる、ということの前提だと思います。






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2008年12月29日

スノーホワイト

今日、何故か思い立って、ディズニーの古いアニメ「白雪姫」を見ました。
泣いてしまいました。

雪のように白い白雪姫・・・
この世的なものによっては黒檀のような黒とされ、そして血に染まる宿命の標的となる無垢の美しさの表現が完璧です。


そして、最後に現われたお決まりの文句

   『かれらは、いつまでも、しあわせに暮らしました。』



今まで、聞き流していたこのフレーズが、今日は心に止まって、いつまでも響いています。



古い言い伝えを編集したグリム童話、
暗黒時代の真っ只中を生きた人たちは、様々な思いを込めて物語を語り継いできたのでしょうね。

光が何処にも見えない中世の時代に、彼らはどんな夢を胸に、果てていったのでしょう?


そのビジョンが顕現していく時代が、この世界に訪れるようにと、本当に願ったのでしょうか、

そんな時代に、生きてみたいと・・・



それは祈りを超えて、予言のようです。


王子の馬に乗って二人で、朝焼けに浮かび上がる希望の王国のような城を見ている最後のシーン・・・


此岸から彼岸へと、自分自身の努力とは別に強い力に導かれた2008年というこの年は、

私もはじめてみるような朝焼けの中に、言葉もなくずうっと立っていたような・・・そんな日々でした。









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2008年11月06日

いつか見た光

“苦悩”
それは、魂の道しるべなのに、何故避けようとしたりするのでしょう?

過ぎ行く事象よりも、ずっとリアルなものではないでしょうか?

今でも、それを気づかせる材料にしかすぎないような現実に、一喜一憂します。

でも、物事を俯瞰的に見ていけば、苦悩は、ただ、手を変えて、先回りして私を待っているだけなのだと分かります。



“七転八倒”
それはもう、より奥深いところからの希求にまみれた魂の姿であれば、のた打ち回った分だけ、自動的に先へ行くのです。

引き伸ばせば、後に来る、幾つになろうと容赦ないようなのです。
それに手をつけるまでは・・・



“破綻”
様々な破綻がありますが・・・

孵化(ふか)する寸前の繭(まゆ)の中で見る、光のようなものではないでしょうか?


多分、自分自ら、ひびをいれたのです。


朝起きてから、夜眠るまで、不透明なもので覆い庇ってきた日常の中で、ある時ふっと、

不用意にもかいま見てしまった世界から漏れ入る、光なのですよ、きっと。




http://www.handsoflight.jp





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